割り勘とホフステードモデル 

その②
 

昨日に引き続き、その②をお送りします。以下、私とA 君の会話の続き。。

 
  • 私:『 誤解を招くことを覚悟で、 敢えて 極端な言い方すると 、『中国人にとって、友達のお金(モノ)は自分のお金(モノ)、自分のお金(モノ)は友達のお金(モノ)』。さらに言えば 、 情報や人脈 も 同じ 。つまり、ヒト、モノ(含、情報 )、カネが、友人関係 や その外縁部 自分が直接知らないが、例えば友達の友達 まで、あたかもそれが共有財産であるかの如く 扱われていて、これら が 猛烈な スピードで彼らの間を 駆け巡りながら 、時に増殖しているという表現が適切かなあ 。 因みに、うちの 奥さん の Wec hat (中国版 LINE) のコミュニティのやり取りを見ていると 、個人情報を含む、その情報の密度、スピード感たるや、凄まじいものがあるよ 。 つまり、自分と自分を取り巻く集団が一体化してい るってわけ。 ただ、今や 感覚がかなり日本人化してしまっているうちの奥さんは、逆に辟易しているけどね。。 』

  • A君:『 へ~~。 となるとさあ 、中国人には私有財産って概念が あまりないの??』

  • 私:『いやいや、それは勿論あるよ。笑。ただ、日常の人間関係において、こういう 『貸し借り』 を繰り返したり 、 縦横無尽に広げていくことによって、人間社会が出来上がっているんだよ。 これが所謂、『関係(グアンシー) 』ってものかな。 それに対して、日本人は、自分のモノは自分の ノ 、友達のモノ は友達のモノ 、 今日はおごってもらったら次回は必ず返さなきゃ!お見舞い貰ったらすぐお返ししなきゃ!だよね。 すぐ借りを返す、 或いは 貸しを回収しようとするよね?これこそが、 自分は自分、他人は他人と、それぞれ独立した存在 と 認識している 証拠 と言えないかい? 定義にもよるけど、これって、 まさに 個人主義 という事にならないかな 』

  • A君 :『確かにそういうことになるな。。日本人ってザ・集団主義だって思っていたけどそう言われると違う気がしてきた。でもさ、さっき、中国人の場合は仲間内であっても、いつも同じ友達ばかりが食事代を払う事もあるって言っていたよね?その払っている人は何だか 私ばっかり払うなんて不公平とか本当に思わないのかなあ? 』

  • 私:『そう、そこがポイントそもそも、さっき、『貸し借り』を繰り返し・・・・って話をしたけど、中国人にはそもそも、 日本人の思う狭義での『貸し借り』って概念そのものが希薄なんだよ。。毎回友達同士の食事 代を 支払っている人だって、別にみんなにタカられている訳ではないし、好きで払っている訳。だから、毎回奢って貰って い る友達も、その彼に対して格別の感謝や 恐縮、 借りを感じている訳でもないんだ よ 。 単純化すると、『俺、カネ持ってる。だから払う。以上!』 、『俺、今カネない。ごちそうして 貰った& 楽しかった 美味しかった 。以上!』 みたいな。。笑。 そこに『自分 V S 友達 含、友達の友達 』の線を明確な線がないからこそ、『いつお返ししてくれるかなあ?』とかあまり思わない訳。無論、限度はあるけどね。笑。つまり、これこそ 奢る方も奢られる方もある意味一体化しちゃっているとも言えるよね? となること、これこそがある意味では 集団主義って言えると思わない? 』

  • 私:『自分の経験談になるけど、昔は中国人の友達や親戚と食事して、奢ってもらうといつも『有難う!ごちそうさまでした!』と言うか どうかいつも迷って いたんだ 。。勿論、中国人も この様な場面で お礼を言ったりする事もある け ど 、奢って貰っても何も言わずに何事もなかった様にそのまま 出ていく事も多いんだよね。。笑。勿論、何でも すぐ 口に出し
    てお礼を言う日本人とそうでもない中国人との差 というのもあるかもしれないけれ ど、これって、さっき言った様に、奢られた方に、 実は 格別の感謝やらが無い からだって 事にだんだん気づいたんだよね。。だから逆にこういう場でお礼を言う方が周囲から浮いちゃうって事もあるわけ。。 今でも正直言えば、完全には慣れていないけど 、特に中国の家族で食事するときは僕も全くお礼は言わないね。 。。 笑。 』

  • A君 :『でもでもさあ、じゃあ中国人ってお返しとかしない訳??』


続きはまた明日。。