割り勘とホフステードモデル 

その⑥
 

昨日に引き続き、その⑥をお送りします。以下、私とA 君の会話の続き。。

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  • 私:『まず、『人権』 という事で一括りにすると話が拡散するので、ここでは『個人情報』という事に絞って話す事にするね。そもそも、A 君はこの『個人情報』が何から何まで政府に把握される事が人権無視だって考えているんだよね?そもそも、本当にそう断定できるのかな?』

  • A君 :『それは当たり前でしょう?だって、自分が何月何日何時何分にどこに行って、何を買ったとか何を食べたとか全部国に知られちゃうわけでしょ?そんなのどう考えてもおかしいよ。それって世界中どこの国の人に聞いたって人権侵害だって思うはず。やっぱり中国ってかなり 個人の人権が侵害されているし、抑圧されていると思う。それは間違いないんじゃないの?』

  • 私:『『個人』の人権か。。そうだね。。確かに、僕もこのスマホ社会になってから中国の状況というのは、あまりにも個人情報を一括管理されすぎて、ちょっと恐ろしい気がするし、行き過ぎの面も多々あるとは思う。だけど、ここで 再度確認したいのだけど、そもそも中国人にとっての『個』の定義ってどういうものだったっけ?』

  • A君 :『あ!。。。。君が何を言いたいのかなんとなく判ってきた気がする。。 笑。 』

  • 私:『そう!鋭いね。。繰り返しになるけど、中国人にとっての『個』とは往々にして『自分を取り巻く内集団の人間』全てを含んでいるんだ 。だから、そもそも、 『私自身』 の情報が人に知られる事に対する抵抗って日本人よりもずっと ずっと小さいんだよ。勿論、個人差や都会-田舎の違い等はあるけどね。 A 君は東京育ちだからあまりピンと来ないかもしないいけど、日本だって、ちょっと小さな町や村に行けば、『 ○さんのところの息子の A君が昨日 、 コンビニでエッチな本を見ていたわよ 。あの子も年頃になったわね~ 。』 なんていう情報は 次の日には あっという間に近所に広まる 。あれも悪い言い方すれば、一種の監視社会そのもの。』

  • A君 :『確かにそうだね。。 NHK の『鶴瓶に乾杯!』なんか見ても、ほっこりしたいい番組だけど 同じにおいを感じるよ。。 笑。 』

  • 私:『だよね。という訳で、そもそも 一口に 『個人情報』といっても、中国人のイメージするそれは、日本人のイメージするもの全く違うし、ましてや欧米等と比べたら著しく隔たりがある事だけは間違いない。だから、表面的な事象だけを見て、自分らが思うのと同じ様に、一般の中国人が感じていると思ったら大間違い。。実際にその国の人たち がどう感じているか?って知る事はなかなか難しいけど、 殆どの日本人が信じて疑わない 『個人情報は保護されるべき!』という考えも 、所変われば通用しないって事だけは頭の片隅に置いて置く必要があると思う。』

  • A君 :『確かにそうだね。。 いやいや、 だけどさあ 、『自らの内集団内部』に個人情報が共有されるのと、『国家』に把握されること事は意味合いが違うんじゃない?』

  • 私:『勿論その通り。ただ、『国家とは何か?』という様な、ちょっと小難しい話になってしまうのだけど、中国の場合は、こういった規模も種類も多様、且つ 中国国内に無数に重なり合って存在する 内集団の集合体として、今の 中国 政府や、その上に君臨する中国共産党 が存在しているとも言えるわけ。また話がそれて恐縮だけど、この限りなくフラットに増殖し続ける内集団をベースにした集団主義と、権威主義(権力格差の高い)社会というのは、一見矛盾するようで実は非常に親和性が高いんだよ。それはなぜか?って話になると、それだけでまた時間がかかるのでまた別の機会に話すね。さてさて、自分の中国 人 の友人や妻の意見なんかを聞いていても、自分とそれを取り巻く相互扶助集団である内集団の生活 経済活動の安心・安全の確保を最も重視している事はどうも間違いない。だから、例えば今のコロナ禍の様な 非常時においては 特に 、『 内集団の利益(≒国家の利益)の優先!』という感覚が日本人よりもずっと強い事はひしひしと感じる。だからこそ 、個人情報を集約してそれが担保されるのなら別に問題ないよねといった反応が大勢だね。』

  • A君:『 いや、なんとなく腹落ちしてきたよ。。でもさ、でもさ、中国政府って 巧みに収集した個人情報を利用して 、少数民族や人権派弁護士の弾圧なんか を露骨にやっている話もよく報道されるじゃない?? これについてはどう思う? 』

  • 私:『そうだね。。その辺りにかなり入り込んで取材している学者や記者の友人の話を聞いても、今の中国政府のやり方に問題も多い事はやはり確かだと 僕も 思う。ただ、それはそれとして、 個人的に非常に問題だと思うのは、例えば、人権問題等で中国を非難する側、その非難に応酬する側(中国)のやり取りを見る限りでは 、ここで話してきた様な根本的な 文化や 価値観の違いを本当に互いに認識しているとは 、少なくとも僕にはまるで思えない点だね 。 。 』

  • A君 :『ん?具体的にはどういう意味?』

  • 私:『例えば、米国は米国で 一方的に、『普遍的人権を踏みにじる中国はけしからん!』、あたかも米国の考える人権が全人類にとって普遍的であるかの如く押し付ける、中国は中国で売り言葉に買い言葉で、『中国には中国独自の
    人権がある!』それでは議論の仕様がない。お互いが自らの考える人権の定義とは何か?そう定義する根本的背景にまで踏み込んで、まず説明を尽くさなければ、永遠に議論の為の土俵を作れないと思う 。 ただ、米国が『人権』を単なる 外交カード としてしか考えていないのならばどうにもならないけどね 。』

  • A君 :『なるほどなあ。。お互いに意見の異なる相手にモノを言うのは自由だけれど、文化や価値観を一致させる事なんて不可能なのだから、そんな中で 本気で どこかに着地点を見つけるには、相手の表層的な行動だけを見て安易に反応するのではなく、まずは その行動の背景にある価値観、その価値観を形作った 根本 要因に至るまで徹底的に寄り添って考えなければ ダメだって 事か?』

  • 私:『そう、その通り!交渉事で 100 対 0 で勝つなんて絶対あり得ない訳で、 特に外交の世界では 51 対 49 で勝てば万々歳っていうじゃない?。。仮にいくら ウイグル人への 弾圧がひどいとしても 、もし本当にそれを改善したいと思う
    なら、政治的駆け引きだけ に終始するのではなく、相手のもっと根源的な行動原理についての深い掘り下げと理解がなければ、本当に効果的な交渉戦略だって見えてこないんじゃないかと思うわけ。 』

  • A君 :『確かにそうだな。。割り勘の話から始まって なんだか随分 大きな話になっちゃったね。。笑。』

  • 私:『 そうだ ね。。ちょっと、頭の整理の為に何を話してきたか、 そろそろ何を話して来たか まとめてみようか。。』
 

続きはまた明日。。