割り勘とホフステードモデル 

その⑦ >>(最終回)
 

昨日に引き続き、その⑦をお送りします。以下、私とA 君の会話の続き。。

 
  • 私:『さて、中国では割り勘は一般的ではないのはなぜか?という問いから、日本人は実はそんなに集団主義でもないという話や、その一方で 中国は非常に集団主義の強い国である事、そしてその中国の集団主義のベースを形成している『関係(グアンシー)』の特性、更にはそこから見出せる個人主義文化と比較した場合の『個』や『私』の概念の隔たりといった事を あれこれ実例を挙げながら 話してきたね。 僕が今回の話を通して伝えたかったことは要約すると以下の様になるかな 。 』
 

 

●これまでの話のポイント

 
  1. 日本人はなぜバリバリの集団主義と は 言えない?
    友人のカネ、モノ、コネ、情報は友人のモノ、自分のカネ、モノ、コネ、情報は自分のモノと考える傾向強し→友人と貸し借りの関係を築く事を嫌う(≒相互依存関係を結ぶ事に抵抗ある≒個人主義的気質)

  2. 中国人はなぜ集団主義と言える
    友人のカネ、モノ、コネ、情報は自分のモノ、自分のカネ、モノ、コネ、情報は友人のモノと考える傾向強し→友人と貸し借りの関係を築く事を好む(≒相互依存関係を 築く事に安心感を持つ 集団 主義的気質)
    ※貸し借り 行為自体が 、必ずしも日本人の様に貸しの提供主体と借り受領主体の間での 『 1 対 1 対応』を成さないケースも多い。( e x. A 氏は B 氏からの借りを C 氏に返 すのも可能な場合あり。)
    →故に、その貸し借り関係自体が長期に渡り継続したり 、『貸し借り』の概念そのものが希薄となる傾向あり。

  3. 中国人の集団主義のベースとなる『関係(グアンシー)』とは
    上述の要素に関わる『貸し借り』行為が、 常に 互いに『惜しみなく』 、『縦横無尽 に 』、『継続的に』 行われている 内集団 に、地縁や血縁なる形で 中国人は生まれた 時から組み込まれる。更に成長にするに連れ、自らの関係する 様々な社会集団(e x. 学校、職場等々)を通じ、独自の内集団を開拓 、増殖させていくもの。中国人の人生を送る上での最重要基盤。

  4. 中国人にとっての 『公私の区別』とは
    『私』、『個』という言葉に含まれる対象の定義が、個人主義社会(主に欧米諸国)や日本のそれとは大きく異なる。中国人の(少なくとも人々の意識上の)定義に おいては 、その一個人だけでなく、その個人を取り巻く多くの内集団の人間をも含むケースが多々あり。

  5. 個人主義文化 の『個』 と中国の『個』の 概念の隔たりが生む問題とは?
    現代に於いて、世界的に政治やビジネスのフィールドにおいて支配的な価値観、法体系、様々な スタンダードとされているものの殆どは欧米の個人主義文化発のもの。故に、中国を含む集団主義の文化の国々は 極端に言えばその下に従属させられているのが実情。どちらが良い悪いではなく、この根本的な価値観の違いへの深い考察の上に立った共通認識をまず作り出し、その上で新たな第 3 の価値観の 索 を両者が 協調して志向しなければ、個人間のみならず、国際政治や国際ビジネスの現場で様々な摩擦(ex. 人権問題、コンプライアンス問題)も本質的な改善は難しい。
 

 

  • A君 『ありがとう。うん、これで頭の中がきちんと整理出来た。なんだか、割り勘の有無なんていう非常に身近な話題でも、どんど ん 掘り下げて考えていく と 、いろいろな事が見えてきたりする ものなん だね~。ちょっと小難しかったけれど面白かったよ。 ところで、割り勘とホフステードって言う割に、ホフステードってちょっとしか話に上らなかったね。笑。 』

  • 私:『そうだったね。 そ の話を少ししておくね。ホフステードは 、 世界の国々で行った膨大なアンケート調査を元にこれらの国々を6 つの次元(①権力格差、②集団主義 VS 個人主義、③男性性 V S 女性性、④不確実性回避、⑤長期志向V S 短期志向、⑥放縦志向 v s 抑制志向)という切り口で、各々の国の国民文化を初めて数値化したすごい人なんだ。日本人と中国人の集団主義のスコアの違いもデータできちんと示されているというのは話した通り。 』

  • A君:『 へ~~!それは便利だね。。いろんな国の文化の違いが立ちどころにわかってしまうんだ!面白そう~。 』

    私:『そうだね。ホフステードの異文化理解に対する貢献って本当に偉大としかいいようがない。でも、逆にそこが落とし穴。一見 便利 に見える道具程 、 よほど 気を付けて使わないといけない。』

  • A君 :『ん??どういう意味かなあ?』

  • 私:『例えば、上の纏めで、中国人は『 友人のカネ、モノ、コネ、情報は自分のモノ、自分のカネ、モノ、コネ、情報は友人のモノと考える傾向強し』と書いたよね?? A 君には、なぜ僕が敢えてこういう極端な表現をしたかについてじっくり説明したから、この言葉の真意がわかるよね? でも、もしA君がいきなりこのフレーズだけ聞いたらどう思う??』

  • A君:『 そうだなあ、 中国人には私有財産の概念がないのかなあ?と思っちゃうね。 』

  • 私:『でしょ ~。 ホフステードモデルも含め、どんな 理論やモデル も、単に 世の中の膨大な営みから ある傾向を見出し、それを単純化、抽象化したもの。つまり、当たり前だけど理論やモデルをベースに現実があるわけでなく、現実をろ過抽出したものが理論やモデルだって事を忘れちゃいけないんだ。』

  • A君 :『そうかあ、一発で異文化を奥深くまで 理解するなんてそんな都合の良い道具はないって事か。 苦笑。。 』

  • 私:『そういう事だね 。。。 例えば、仮にホフステードの集団主義スコアが全く同じでも、中国とバングラデシュのそれは無論、『集団主義』という大枠ではかなり共通性はあると思われるけど、その成り立ちや性質はやはりかなり違うわけ。だから、当たり前だけど、中国とバングラデシュの集団主義は 全くの別物。だから、この モデル でさえも、あくまで『異文化を見る際の頼もしいナビゲーター』という程度の位置付けにすべき。そのスコアだけ見て表面的に理解した気になるのが一番危険。スコア全てが現実を表している保証だってない。だから『なぜ?なぜ?』って表面に現れたスコアを良い意味で批判的に追求する姿勢がないと、データに呑みこまれてしまうよ 。この点は十分注意が必要だ ね。便利であるが故の危険性はホフステードも勿論認識されていて、事あるごとに警笛を鳴らしていたと聞いているよ。 』

  • A君:『なぜ?なぜ?かあ 。。 そう考えていくと、そもそも、中国人 の内集団の仕組みのベースとなった 関係(グアンシー)なるものが、なぜにこれ程迄に発達したのか、その根本原因はなんだろう? なぜ 同じ漢字、儒教文化圏の日本との間でこれだけ違いがあるのか気になってたまらなくなってきた よ 。。 』

  • 私:『そうそう、その調子!その『なぜ?』を待っていたよ!実は同じ疑問を僕も持っていて、 何とか自分の中で腹落ちさせたくて、長い間様々な書物に当たりつつ思考を 巡らせてきていたんだ 。勿論、よくある中国の異民族との攻防も含む長い戦乱と激動の歴史、それに伴う王朝の交代の激しさといった要因等から、『公』に安心は見出せず、頼りになるのは自らの地縁血縁を中心とした内集団のみだったから。という説もそれなりに説得力はあるし、恐らくそれは正しいと思う。ただ、 個人的には それだけでは どこか決め手に欠けるなあ~ってずっと思っていたんだ。 そ して苦節○○年、最近 ようやく、もしかしてこれ では ??というかなり有力な仮説が自身の中で湧き上がって来たんだ 。。。』

  • A君:『え~~!どんな仮説 教えて、教えて~。』

  • 私:『 その仮説と言うのは、この関係(グアンシー)というものを発達させ た端緒は、実は、ある古代の皇帝が断行した『人為的な改革』に由来するのでは?というもの。ま、これは今、種々の書物に当たりながら自身で検証作業を始めたばかりなので、いずれまた時期がきたら披露するよ。。笑。という訳で、今回の話はこの辺りでお開きとしておこうか 。。長時間、小難しい話に付き合ってくれてどうも有難う! 』
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という訳で、今回の連載はこれにて終了とさせて頂きます。元々は2 回シリーズでお届けする予定でしたが、書き始めたら、あれよあれよという間にその⑦まで来てしまいました。徒然なるままに書いた纏まりに欠ける文章に御付き合い頂き誠に有難うございました。。
 

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