割り勘とホフステードモデル 

<<番外編-2>>
 

こんにちは。さて、<割り勘とホフステードモデル>本編は、日本人と中国人の『割り勘行動に対するスタンスの違い』という事象の深堀により、主に中国人にとっての『個』、『集団主義』とは何か?について説明を試みたものでした。

 

一方で、そもそも私自身は、この『割り勘行動に対するスタンスの違い』というテーマ自体は、なにも日本人-中国人間に留まらず、ホフステードの六次元モデルで言う『権力格差』、『集団主義/個人主義』の視点も踏まえて、各国の人々の傾向を知る上で、非常に具体的で広がりのあるテーマであると考えていました。(因みに、先日お送りした番外編においては、基本的に中国人の『集団主義の変容』についての仮説提起、更に補足的に『ジェンダー』要素の分析とする為、『権力格差』要素は排除しています。)

 

今回は、先日幸運にも、各国から留学生支援を精力的に行っている私の知り合いの方が、ご自身が留学生の方から
見聞された情報を踏まえ、各国からの留学生の『割り勘行動へのスタンスの違い』を如実に炙り出した興味深い実例
(いずれも昨年のエピソード)を頂いたので、これを題材にホフステードの六次元モデルの視点から若干の考察をして
みたいと思います。

 

 

1. 各国からの留学生の『割り勘行動に対するスタンスの違い』の実例

 

以下が前述の知り合いから伺った実例です。

 

実例①

  • インドネシア人留学生(博士課程在籍)は、日本の大学のゼミ飲み会で教授も含めて割り勘での支払いという場面(※)に遭遇し、心底ショックを受けた。
    (●理由:インドネシアでは、この様な場合、上の立場に位置する教授が全額支払うのが当たり前の為。)

  • ※補足:
    無論、日本でも、必ずしも教授の支払い額も同額というわけではなく、多めに負担したり、少人数であれば教授の奢りというケースもあるだろうが、常に教授が全額負担というケースは日本では稀であろう。
 

実例②

  • 中国人留学生はグループで東京ディズニーランドに日本人や欧米の学生と遊びに行った時の食事の支払いが割り勘で驚いた。
    (●理由:中国では同じ大学生のグループでも『年長の“男性”が支払うのが当たり前』の為。)
 

実例③

  • アメリカ人とドイツ人の留学生は、実例②の中国人が、『割り勘は行わない』どころか、更に『年上の男性が全て支払うのが当たり前』である感覚に驚くと共に、中国人留学生の間では『誰が年長者なのか確かめる為に初対面でも互いの年齢を確認する』という事を聞き、思わずのけぞった。
    (●理由:アメリカ、ドイツでは割り勘が当たり前の為。更に、通常年齢の上下を重視しないこれらの国では、初対面で年齢を聞くことは一般的でない(←むしろタブー)の為。)
 

★追加参考事例
①都内の日本語学校の例

  • 以下は留学生の例ではないが、都内の2 か所の日本語学校で日本語講師として勤務する私の高校時代
    の同級生に聞いた実例です。以下は、これらの日本語学校が講師同士の親睦を目的として『公式に開催』
    する懇親会の際の支払い方法ですが、非常に対照的な結果となっている。

  •       
  • 中国人経営の日本語学校(学生の出身国は中国のみ) : 親睦会費用ー全額学校(≒校長)負担
  • ●日本人経営の日本語学校(学生の出身国はバラバラ) : 親睦会費用ー講師全員で完全割り勘
 

②中国人がご馳走になる場合の返礼の考え方の例

  • ある中国人留学生は、来日当初、日本でも、上の立場(地位、年齢、経済力等)の人と食事に行く際はご馳走になるものと想像し、会食の際、ちょっと高価なお土産を持参したが、割り勘だった為、土産は結局渡さずに持ち帰った。
    (●背景:中国ではご馳走になる側も、常に奢られっぱなしという訳ではなく、特に異なる地域から来て人にご馳走になる場合、日本人が通常想像する手土産よりもずっと高価な土産(奢って貰ったお礼品)を持参する傾向がある。)
 

 
 

2. 4か国(中国、ドイツ、インドネシア、アメリカ)のホフステードスコア

 
 
 

以下が、前述の実例に登場した4か国のホフステード六次元モデルにおける『権力格差(Power Distance)』、『個人主義(Individualism)』のスコアである。

 
る『権力格差(Power Distance)』、 『個人主義(Individualism)』のスコア
 

<前述のスコアから読み取れる事>

実例①が示す様に、大学教授との飲み会では、教授の全額負担がが当たり前という感覚のインドネシア人や、実例②が示す様に、グループでディズニーランドへ遊びに行った際、たとえ同じ留学生という立場であっても『年長の“男性”が支払うのが当たり前』で、割り勘での支払いに驚いた中国人は、アメリカ人やドイツ人と比較した場合のみならず、日本人と比較しても、権力格差が高く(中国:80、インドネシア:78)、且つ集団主義傾向が強い(中国:20、インドネシア14)という結果が出ている。

 

一方、実例③が示す様に、中国人の間では割り勘が一般的ではなく、『年長の“男性”が支払うのが当たり前』
である事にまず驚き、更に『初対面の人間に年齢を確認する』行動に思わずのけ反ったアメリカ人、ドイツ人は
権力格差が低く(アメリカ:40、ドイツ:35)、且つ個人主義傾向が強い(アメリカ:91、ドイツ:67)という結果が出て
いる。
 


 

3. 考察

 

1) 食事時の支払い形態を決定付ける3 要素

前述の実例と各々のホフステードスコアから考察するに、食事をする際の支払い形態を決定づけるのは、主に以下の3 要素と推定される。

 
  1. 『権力格差』
    権力格差の高い国程、高い社会的地位にある者、年長の者、経済的に優位にある者等が、大きな支払い負担を負う傾向が高いと推定される。一方で、権力格差の低い国程、こうした差異による支払い負担の違いが小さくなる傾向があると推定される。

  2. 『集団主義/個人主義』
    既に、<割り勘とホフステードモデル>本編にて中国のケースを例示して説明した通り、集団主義の国程、たとえ、上記の①の『権力格差』の存在しないフラットな関係性の仲間との食事においても、(年代にもよるが)総体的には割り勘は好まれず、持ち回りでの支払いが好まれる傾向にあると推定される。
    (但し、この持ち回りにも大きく分けて、今回は私、次回は必ずあなたといった厳密な持ち回りの場合と、こうした厳密さを持たない緩い持ち回りが存在する。)

  3. 『ジェンダー』 (←これはホフステード六次元には含まれない。)
    <割り勘とホフステードモデル>番外編や、前述の実例②の中国人留学生の『年長の“男性”が支払うのが当たり前』が示す通り、①、②の要素に加えて性差も支払いの傾向に大きな影響を与えている。
    因みに、ホフステードの定義する『男性性/女性性』は『ジェンダー意識』を意味するものではないが、少なくとも、同定義における『女性性』が極めて高い国(ex.北欧諸国、オランダ等)では性差による感情的・社会的役割分担の差異が明らかに小さい(≒男らしい、女らしいという概念が希薄)事は確認されている。よって、こうした国においては男女間においても割り勘での支払いが一般的である可能性は高いと推測される。但し、『男性性/女性性』のスコアと男女間の支払い割合との間に有意な相関関係があるかどうかは、それを推定するだけのデータが不足している為、今回はこの観点からの考察は掘り下げては行わない。
 

2) 食事時の支払い形態の違いが引き起こす問題(個別ケース分析)

以下、前述の実例①~③を題材に、日本に来た留学生等の外国人が直面すると想定される問題点について考察してみたい。
 

  1. 『権力格差が高く、集団主義傾向の高い国』から日本にやって来た外国人が直面する問題こうした国からやってきた外国人(※1)は、実例①及び実例②を基に考えると、中国人やインドネシア人に限らず、前述の様に、自分より上位の属性の人と食事する際はご馳走して貰ったり、或いは、関係性がフラットな仲間内同士では持ち回りでの支払う事が一般的であるものと推定される。よって、彼らが初めて日本の割り勘文化に接した際に受ける衝撃と、その際に抱く日本人へのアレルギー反応の大きさが尋常でない事は想像に難くない。

    そもそも、留学生を始め、日本に長期滞在でやってくる外国人は、自国以外で初めて生活するのが日本であるという人が大半であると想定される為、恐らく彼らの多くは、自国のやり方vs 日本のやり方という『二項対立』で目の前の事象を思考・判断する事しか出来ないものと推測される。そうなると、割り勘、特に自分より上位属性の人との食事でさえ、割り勘で行う事もある日本人に対し、『上位に立つ者はその度量も責任感もなく、同級生たちも、よそよそしくてカネに細かいセコセコした人たち』とのレッテルを貼ってしまい、その嫌
    悪感を払しょく出来ないまま日本での生活を送り続ける人も多いものと推測される。

    更に、前述の『ジェンダー』要素が掛け合わさると、『女性にまで支払いを強要する”男の風上にも置けない人たち』(※2)という更なる負のバイアスが追加される危険性がある。

    勿論、実例にある様に、アメリカ人、ドイツ人といった『権力格差が低く、個人主義傾向の高い国』から来た外国人との交流があれば、決して日本人だけが”彼らの考える“『セコセコした人たち』ではない事に気づき、自国中心主義的なバイアスも緩和できる可能性はある。しかしながら、例えば中国人留学生の場合等、幸か不幸か周囲に自国出身の同胞があまりにも多い為、日本滞在中に、日本人以外の外国人と交流がない留学生も相当の割合で存在している為、この二項対立の価値判断から抜け出せない人も多いと推測される。

    ※1:補足
    例外はあるが、権力格差の高い国は総じて集団主義傾向が高いケースが殆ど。
    ※2:補足
    但し、日本人においては、男性-女性間でも支払いの傾斜配分が行われるケースも多々あるので、その様なケースでは、彼らのアレルギー反応は緩和されるものと推測される。

  2. 『権力格差が低く、個人主義傾向の高い国』から日本にやって来た外国人が直面する問題この様な国から日本にやってきた外国人にとっては、殊、食事の支払い形態における違和感はあまりないものと推定される。その理由は、実例に即して考えてみると、前述のアメリカ人もドイツ人も、日本よりも明らかに個人主義的傾向が強い(アメリカ:91>ドイツ:67>日本:46)ものの、少なくともその属性(社会的地位、年齢、経済力等)において、フラットな関係性にある者同士の食事時の支払いは日本人の間においても圧倒的に割り勘が一般的(※3)だからである。

    一方で、実例①の補足に示した様に、日本においては、前述の様な属性上位の者が食事代を全額負担するケースはあまり多くはありませんが、地位、年齢(学年差/先輩・後輩)、経済力(給料の多寡)に応じた『支払の傾斜配分』は頻繁に行われています(ex. 私の経験上でも、大学時代のサークル飲み会、会社での飲み会等でも、この形態は非常に多くみられる。)。先に挙げた実例においては検証されてはいませんが、その『権力格差』スコアの違い(ドイツ:35<アメリカ:40<日本:54)から、こうした『支払の傾斜配分』に違和
    感を感じる外国人も多いものと推測されます。(但し、これは、アンケート調査等のより検証必要。)

    ※3:補足
    つまり、ホフステードの『個人主義』スコアと食事時の支払い形態との間に相関性があるとした場合、割り勘、持ち回りのどちらが一般的か?の境目は日本のスコア(46)と中国のスコア(20)の間のどこかにあるという仮説が成り立ちます。

  3. 『権力格差が高く、集団主義傾向の高い国』から来た外国人と『権力格差が低く、個人主義傾向の高い国』から来た外国人が食事した場合に直面する問題実例③に示される様に、前述の支払い形態を決定づける三要素の内、『権力格差』、『集団主義/個人主義』の度合いがあまりにかけ離れすぎている為、何の予備知識もなければ互いの支払い形態に対するアレルギー反応は、彼らが各々日本人と一緒に食事する際よりも更に大きなものであると推測されます。

    なぜならば、前述の様に、日本人の支払い形態は基本的に割り勘が一般的である為、『権力格差が低く、個人主義傾向の高い国』寄りであると言える一方で、前述の様な属性上位の者との食事では傾斜配分を行ったりするケースも見られる為、少なくとも上記の3要素の内、『権力格差』については、『権力格差が高く、集団主義傾向の高い国』の要素も併せ持つ両者の中間に存在すると推定されるからです。

    更に、もう一つの決定要素である『ジェンダー』についても、インドネシア人の『ジェンダー』傾向については知見がないが、この実例③を見る限り、少なくとも中国人とアメリカ人/ドイツ人の間の『ジェンダー』傾向には大きな隔たりがあると想定される一方、この『ジェンダー』要素についても、『権力格差』と同様に日本人の支払い形態(i.e.男性-女性間は頻繁に傾斜配分が行われる)は両者の中間に存在すると推測される。
 

3) 食事時の支払い形態の違いが引き起こす問題(総括)

さて、たかが食事の支払い形態を題材にここまで長々と論じてきたのには、筆者なりの問題意識と背景があります。これまでの皆さんのご経験に照らして考えてみた場合、たとえ日本人同士であっても、同僚や友人(同性&異性)、上司(部下)や先輩(後半)、恩師(教え子)、親戚等々、様々な人たちと食事をする際の支払い形態(割り勘?傾斜配分?或いは奢り?etc.) について迷った事は一度や二度ではないものと想像します。

 

つまり、どの様な支払い形態を採るかは、お互いの人間関係や属性、更に状況により、微妙に変化するものであり、日本人同士でさえ、それこそその場その場で『空気を読みながら』都度落ち着くところに落ち着かせていると言える訳です。この様に、時に微妙な判断を迫られる行為であるが故に、場合によって、その場での支払い形態に対する違和感を拭えなかった、酷い場合には相手に対して何か埋めがたい溝が生まれてしまったといった経験をされた方も少なくはないでしょう。

 

共に食事するという行為は、恐らくどこの国であろうと、人と人との関係を緊密にする最も有効な行為の一つだと考えられる。但し、、そこには『カネの支払い』というある意味非常にセンシティブな行為も伴うが故に、その行為
に対して相互にしっかりとした価値観共有(或いは互いの価値観に対する深い理解)がなければ、ややもすると一気に人間関係をギクシャクさせてしまうリスクも伴う行為と言えるでしょう。

 

ましてや、ここまで述べてきた通り、それが文化の異なる人間が互いに食事をする場合には、前述のリスクは更に大きなものとなり、最悪の場合、修復不可能な関係悪化を招くケースもないとは言えないでしょう。

 

今回の論を進める上で参考にしたのは日本に来た留学生の実例ですが、ご想像の通り、これは日本人が外国に出た場合を含め、あらゆる場所で同様の問題が発生する可能性がある事は言うまでもありません。

更に、どこの国の支払い形態が優れているとか劣っているとかいう次元の話でも勿論ありません。唯一つ言えるのは、各々の国の人間が自らの常識という物差ししか持たずに、相手の行為を判断してしまうと、たかが食事時の支払い形態、たったそれだけの事で互いの根深い不信感が生まれるきっかけになってしまうという事です。

 

4) 食事時の支払い形態の違いが引き起こす問題の緩和に向けて

下記は大掛かりな調査 と検証 作業 が 必要となる為、 既に研究者の為すべき領域と考えられ、 片手間に実行 出来るものでは ないものの、 一つのあるべき対策案 の選択肢として 提起してみたい。
 
例えば、以下の様な項目からなるアンケート調査を全世界的に横並びで実施の上、国ごとの支払い形態の傾向をまず把握する。

  1. ★アンケート調査項目<素案>
    • 質問項目① : 同性の上下関係のない友達同士で食事代の負担
       A) 割り勘 B)持ち回り(厳密なもの) C) 持ち回り(緩いもの) D)その他

    • 質問項目② : 異性(二人きりの場合、複数の場合両方含む)の友達同士で食事代の負担
       A) 割り勘 B)傾斜配分(男性が多め) C) 男性が全額負担 D)その他

    • 質問項目③ : 何等かの上位属性(ex,上司、年長者、経済力等)に属する同性との食事代の負担
       A) 割り勘 B)傾斜配分(上位の者が多め) C) 上位の者が全額負担 D)その他

    • 質問項目④ : あなたが男性の場合、何等かの上位属性(ex,上司、年長者、経済力等)に属する女性との食事代の負担
       A) 割り勘 B)傾斜配分(上位の者が多め) C) 上位の者が全額負担 D)その他

  2. ①のアンケート調査結果は、恐らくはホフステードの六次元モデルで言う『権力格差』、『集団主義/個人主義』と有意な相関性が確認されると想定される。その場合、『なぜ、その国の一般的な支払形態はその様になるのか?』について、ホフステードモデルや私の<割り勘とホフステードモデル>本編等を援用しつつ、国別の一般的な支払い形態とその根本的背景についての解説マニュアルを作成する。(但し、『ジェンダー』要素は、調査結果をベースに何らか別のアプローチでの理論づけが必要と思われる。)

  3. ②で作成したマニュアルを世界中でそれを必要とする人々に対し、何らかの形で行き渡る様な方策を考え、実行する。
 

国による支払い形態の違いは、異文化間の摩擦の大きな摩擦を生む最も典型的なケースの一つであるにもかかわらず、私の知る限り、これまでこうした形で、『背景を理屈できちんと理解する/させる』為の試みは、恐らくこれまできちんとなされてきていないのではないか?と推測する。よって、上述の様な調査・検証・理論付けプロセスが上手く実行されれば、外国人同士の交流における無用な誤解や不信感の未然の防止や緩和に効果を発揮するものと考えられる。

 

更に、今回の論考の様に、ホフステード六次元モデルを、様々な異文化に関わる事象分析における種々の仮説設定のベースとして利用する事により、同モデルの応用範囲が拡がると共に、場合により同モデルの妥当性自体の検証作業の手段の一つとしても役立つ可能性があるものと推測される。

 

最後に個人的に強調しておきたいのは、『たかが食事代、されど食事代』です。これ以外にも、異文化と接触する人々の誰もが経験する違和感について、『へ~~!違うんだ!』で留まらず、そこをもう少しぐっと深く掘り下げるて仮説・検証する事の意義は非常に大きいと個人的には考えている。

 
以上