医療と文化 その②~スイス人看護学生が見た日本の医療介護

 

医療と文化 その②~

スイス人看護学生が見た日本の医療介護

 

医療機関に足を運ぶのは、年1回の健康診断と歯科治療に行くくらいで、入院経験は出産時のみ。医療と名の付くものに縁がない私でしたが、最近、患者の家族という立場で医療について様々なことを考える機会がありました。

今回のブログは、「医療と文化 その①~医療における『インフォームド・コンセント』をホフステード6次元モデルでひも解く」の続編として、日本とスイスを比較した医療介護の文化差をホフステードの6次元モデルを使って分析します。

 

 

「日本には老人のプライバシーがない・・・!?」

 

私は4年前からスイスの大学に委託され、看護学生対象に異文化コーチングを行っています。

生徒たちは日本の老人介護施設で3か月間インターン研修を行う間、4回ほど私と対面で会い、文化に関するレクチャーを受けたり、異文化体験を一緒に分析、コーチングを受けます。

そのため、生徒たちは毎回のセッションに自分がインターン先の施設で経験した、異文化が関係する「びっくり」や「モヤモヤ」を持ち込んで話し合うのですが、その中で、毎回必ずといってよいほど飛び出す「日本びっくり体験」があります。

それは・・・

複数の老人を同時に職員が入浴介護することです。

生徒たちにとって多くの老人が裸で同時に洗われる様子はショッキング以外の何物でもないのです。「日本では職員の人手が足りないから、効率のために同時に入浴させるのですか?」という質問が毎回繰り返されます。

 

 

プライバシーが最優先

 

スイスの医療従事者の最優先事項は「プライバシー」です。もちろん身体介護は一人が基本。それゆえに、生徒たちの目には日本では老人のプライバシーが侵害されているとしか映らないのです。時には戸惑いや「可哀そうな老人たちの扱い」に対する怒りの感情すら見え隠れします。

私たちは文化的な背景が分からない振る舞いに出会う時、しばしば「正しい、正しくない」という感情を持ち、判断(ジャッジメント)に繋げてしまいます。

CQ(文化の知能指数:異文化適応力)を高めて異なる文化に適応するには、まず文化の基本文法となる知識(フレームワーク)を持った上で、なぜ自分が特定の事象に対して「そう感じたのか」、自分自身の持つ文化に関する気づきを深めることが大切です。
これは「判断を保留する」(正しい、正しくないという判断をとりあえず脇に置いて、分からないものに対する関心を持ち続ける態度)ことに繋がります。

 

 

文化の気づきを深めるステップ

 

文化の気づきを深める上で大切なのは、「なぜ自分はそう感じたのか」を自身の文化を相対化して気付くことです。

私のコーチングでは、ホフステードの6次元モデルを中心とした異文化の知識をきちんと持たせた上で、

  • 客観的な事象は何か(描写)

  • 自分はそこから何を感じたか(影響)

  • それをどう解釈できるか(解釈)

  • 他者(異文化の視点を持つ人)の解釈はどうか(他の解釈)

  • それをどう評価するか(評価)

  • そこから導き出す、文化的に望ましいふるまいは何か(ふるまい)

の順で、一緒に考えていきます。その中で生徒たちは自分や他者の文化への気づきを深めていきます。

 

プライバシーと個人主義

日本には集団で入浴する独特の温泉文化があります。たとえそれを知識として知っていたとしても、なぜスイス人の看護学生たちがここまで日本の入浴介護を「プライバシー侵害」として目くじらをたてるのか。その背景にはスイスの高い個人主義があります。

ホフステードの6次元モデルによるとスイスの個人主義のスコアは68、他の欧米諸国と同様に個人主義の傾向があります。個人主義の特徴として、人々が独立した自己概念を持ち、プライバシーの保障が何よりも優先されます。

個人主義のグラフ(出典:ホフステードCWQ)
ースイスは68で個人主義の傾向が強い。日本は中間よりもやや集団主義よりの46

 

 

他方で日本のスコアは46で、世界的にみるとほぼ中間でありながら、スイスに比べるとかなり集団主義であることが分かります。つまり、個人主義の文化ほど本来はプライバシーが気にならないことを意味します。(昨今の個人情報管理の流れとは裏腹に、日本の学校では相変わらず、体育館で一斉に集団の健康診断が行われていたりしますよね)

 

 

気づきの先へ

 

実は個人主義の文化は世界全体からみるとごくマイノリティー(20か国程度)とされます。

生徒たちは学びを深めるにつれて、自分が「絶対的」だと思っていた見方が実は「相対的」なものであり、世界には様々なアプローチがあると気づいていきます。その結果、日本の入浴介護は「自分の価値基準に合わないもの」から「よく分からないなりに、そういうもの」としてニュートラルに捉え始めます。

この段階に来ると、生徒たちは自分の文化にない「相手から取り入れたい面」についても気づきを深めていきます。

口をそろえて言うのは、「日本では施設の老人が皆快活で、集団の娯楽を心から楽しんでいるように見える」ということです。
スイスでも老人施設での集団の娯楽はあるものの、参加するかどうかは個人の意思に任されており、日本ほど盛んではないそうです。スイスで「施設の老人」と言えば「孤独で不機嫌」というのが、一般的なイメージとのこと。

日本の老人たちとゲームをしたり、音声翻訳機を使っておしゃべりを楽しむうちに、「スイスの老人介護にもこういった集団的で楽しい側面を持ち帰りたい」と声を揃えて言います。

文化はただ違うだけ。どちらが良い悪い、正しい正しくない、ではない。
その上で互いの文化の豊かな面を認識することができれば、世界はまたほんの少し、豊かな場所になるのではないでしょうか。

 

 

CQラボ理事 田代礼子

 

 

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